K教官は、その目がいつも冷徹に見えます。とくに新人からは、まるで一見客お断りのように見えます。その冷徹な眼差しを受けた途端、たいていの学生は逃げてしまいます。校舎のどこかで偶然顔が合ったとしても、できるだけ彼を避けて通るほどでした。
わたしが初めてK教官と対面した時もそうでした。K教官は例外なくその冷徹な目をわたしに向かわせました。一瞬ぞっとしました。でも、わたしにも通してほしい主張があったから、その目を逸らすわけにはいきませんでした。
K教官は、わたしという「一見客」の主張を断りました。仕方なく、わたしは黙って、K教官のゼミに出つづけました。ゼミの参加は自由なので、いくらK教官でも拒絶することはできません。
Kゼミの雰囲気はまた厳しいそのものでした。ボーっとすることはもちろん、発言や質問などに的外れのことがあれば、カンカンになって怒りだします。なにしろ、彼が立って、わたしたち学生が座っているので、その怒鳴り声が頭上をガラガラ轟き、まるで雷が鳴っているようでした。そんな雷を浴びて、わたしたち学生は思わず目を瞑るのでした。
そんなゼミに参加して半年経った頃、あるきっかけで、K教官はわたしにチラッと笑ったことがありました。その目だけが。表情はすぐ元に戻ったのですが、その目はたしかに笑っていました。K教官も笑えるんだ!ならばもっと笑わせたい!そのためにもっと勉強しなきゃ!わたしはそう思いました。そして、昼も夜もなく、メチャメチャ勉強し始めました。
そして1年後、「よく勉強したね」って。今度は顔まで笑っていました。その後、わたしの不足点について、ずばずば言い始めました。その時の眼差しは、相変わらず冷徹でした。わたしも相変わらずその冷徹さを受け入れ、貪欲なほどその言葉に耳を傾けました。
K教官はついに、ゼミの発表にわたしを指名しました。それは光栄であり、負担でもあります。指名されたことは、いちおう認められたことを意味しますが、発表の内容が認められなかったら、死ぬほど叩かれますから。
初めてのKゼミ発表なので、わたしは緊張のあまり、2回目から風邪を引いてしまいました。頭がボーっとして、考える力を失いました。しかし、風邪が理由で発表を粗雑にすることなんて、K教官には通用しません。どなり声が絶え間なくわたしの頭上を響きます。そして、やり直しの連続でした。わたしはついに風邪が治らないまま。最後の4回目に臨むことになります。上手く行くはずないのでした。私の発言が終わった後、「西田の発表は何の価値もなかった!この1ヶ月は時間の無駄だ!」と、K教官は評しました。その時の目はもちろん冷徹そのものでした。
つらい!けど、K教官に認められたい!わたしは向きになります。いっぽう、食事の時間も削る中での健康管理も徹底するように心がけました。風邪を引いたら、大変なことになる、ということは、身に沁みて分かりましたから。
1年後、2度目のチャンスが到来しました。今度は準備万端にしました。発表が順調に進み、同じ4回目で無事終了しました。その後、気が抜けたのか、また風邪を引いてしまいました。次の授業の時、鼻をツルツルさせながらK教官の研究室に入ったら、「風邪引いた?」って、声がかけられました。その声をたどって、K教官の目を見ると、ちょっとびっくりしました。なんと愛情に満ちた眼差しなんでしょう!
授業が始まり、K教官はすぐに冷徹に戻ります。
わたしは7年前に学位を取得し、K教官のもとを離れました。K教官も今年、定年退職となりました。しかし、あの時の眼差しを思い出すと、いまでもドキッとします。。。
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